広島高等裁判所 昭和45年(ラ)25号 決定 1971年5月04日
抗告人 太陽紙業株式会社
主文
原決定を取り消す。
本件を山口地方裁判所下関支部に差し戻す。
理由
一、抗告人の抗告申立理由の要旨
抗告会社は、昭和四五年二月二〇日現在、同会社代表取締役林大亮個人に対して仮払金などの名目の約二、七〇〇万円の債権を有し、その回収がなされていないことは事実であるが、内約一、〇〇〇万円は、抗告会社がその取引先の拡張について訴外松下栄太郎に協力を得るため、同人経営の下関漁港運輸株式会社に貸与した金員を前記林大亮個人に対する仮払金として計上したものであり、その余の金員も、抗告会社のための支出であつて右林大亮個人の交際費や政治道楽など同人個人の目的に費消したものではない。また、右林大亮は、昭和四四年六月の鑑定で合計三、六〇〇万円と評価されている同人所有の宅地、建物を売却して前記仮払金外の同人の抗告会社に対する債務を弁済することを決意し、売却に努力しているが、適当な買手が見当らないため売却しえないままとなつているのであつて、同人が右売却を怠つているものではない。さらに、原決定は、抗告会社が前記林大亮に対する債権を回収すれば、更生手続の開始をまつまでもなく、更生が可能である旨判断しているが、抗告会社の現在の資産、経営状況とその負債、とくに手形債務を対比して考えると、前記林大亮個人の債務が仮りに返済されても、それだけで抗告会社の窮状が改善されるものではない。
従つて、抗告会社には、その代表取締役林大亮個人に対する、企業に貢献しない不当に多額な貸金を回収する意思がないことおよびこのような企業経営姿勢が、抗告会社が窮状に立ち至つた最大の原因であること、右貸金を回収すれば更生手続の開始をまつまでもなく、抗告会社の事業の維持更生は可能であることを理由に本件更生申立が誠実になされたものではないとして会社更生法第三八条七号に則り本件申立を棄却した原決定は取り消されるべきであるというのである。
二、当裁判所の判断
まず、原審における抗告会社代表者本人、当審における島田三郎、小野総次、林頼文の各審尋の結果、当審における抗告会社代表者本人尋問の結果、本件記録中の各疏明書類と昭和四五月年(ウ)第一一七号および昭和四六年(ウ)第三号各不動産競売手続中止命令申立事件記録によれば、抗告会社は、昭和四五年二月二六日会社更生手続開始の申立をしたが、同会社の昭和四四年四月三〇日現在の決算では一、九〇四万七、三八三円の累積欠損が生じており、また、昭和四五年二月二〇日現在でなされた仮決算においても、その欠損累積高は二、五一六万二、〇〇〇円となつていること、同日現在同会社は仮払金、未収金、貸付金、立替金として合計三、三五〇万二、〇〇〇円の債権を有しているが、その内には同会社代表取締役林大亮個人に対する仮払金一、二九九万九、六四九円、立替金一七万七、三一八円、未収入金一、三九一万七、九三八円、合計二、七〇九万四、九〇五円が含まれており、この林大亮個人に対する債権は、いずれも現在回収されないままとなつており、その余の前記債権の大部分も回収されず、固定化した状態となつていること、そしてこれらの多額の債権を回収しないまま固定化していることが、抗告会社が現在の窮境に陥る一原因となつていることおよび前記林大亮に対する債権中には同人個人の交際費や知人の選挙費用に費消したものも含まれており、抗告会社の経営姿勢に放慢な点があつたことがそれぞれ認められる。
ところで、会社更生法第三八条第七号は、更生手続開始の申立が誠実になされたものでないときには裁判所は右申立を棄却しなければならないと規定しているが、これは、株式会社が破産し、企業が解体された場合の関係者の損失、ひいてはこれを超える社会一般に対する損失を避けるという社会経済上の必要に基いて、窮境にある事業自体を積極的に維持更生するという会社更生手続の目的および会社更生法第七二条以下には会社役員に対する損害賠償請求権の査定に関する手続が定められ、会社役員に不法行為があつた場合でも更生手続の開始決定をなしうることがうかがわれることから考えると、過去に会社役員の経営態度に放慢な点など非違があつたということから直ちにその更生申立を不誠実なものとして棄却すべきであるという趣旨に解すべきではない。
もつとも、前記認定のように会社更生手続を申立てた抗告会社がその代表者に対して抗告会社の累積欠損額を上廻る多額の債権を有しており、計数上は右債権の回収がなされれば右欠損が補填できることになる場合であつて、もし抗告会社が容易に右債権を回収しうるのに拘らずこれを怠り、従前の状態を改善しないまま本件会社更生申立をなしているものとすれば、右申立は右手続を濫用したものであつて不誠実なものとして棄却すべき場合にあたるものといえるであろう。
しかし、前掲各証拠によれば、次の事実が認められる。
(イ) 前記林大亮に対する仮払金は、昭和二九年度より累積されて現在の金額に達しているものであり、その大半は同人が従前から交友関係のあつた訴外松下栄太郎に対し、抗告会社の商品の販売先拡張についての援助を依頼していた関係から同訴外人の申出を受けて林大亮個人名義の仮払金という形式で融通した金員(この金員については現在抗告会社から右貸金の内金三〇〇万円の返環請求訴訟を起している)と、抗告会社が事業資金に当てるため金融業者から借り受けた金員に対する利息で、貸主がその氏名を明かにしないことを要望していたため会計帳簿上前記林大亮個人への仮払金として計上したうえ支払つていた金員であり、また、前記未収入金は、前記林大亮に対する仮払金に対する税務上の認定利息の昭和三三年以降累積したものであつて、抗告会社の前記林大亮に対する各債権の大半は、同人個人のみの用途から生じたものとはいい難い。そして、前記林大亮としては、前記各債務全額の弁済をなす意思を有しているが、ただ現在の同人の信用状態からみて、他から右弁済資金の融資を受けるのは困難であり、他に右弁済にあてるべき資産がないため、その所有にかかる下関市阿弥陀町六番九、宅地一、七三三・二二平方メートル、同地上建物および同町六番八、宅地六〇八・二六平方メートル(昭和四四年六月一日の時点における鑑定価格は合計三、六〇〇万円となつている)を処分してその売却代金により抗告会社に対する前記各債務を弁済する意思を有している。ただ右各不動産は、高台にあつてその附近を走る国道から、自動車の通行できない道路(一部石段)を約一一〇メートル進んだ場所にあることなどの事情から、買主があつても前記鑑定価額よりかなり安い買価を希望し、他方、前記各不動産に設定されている根抵当権および抵当権により担保されている債権の元本極度額および債権額の合計が金一、七七〇万円(その内金八〇〇万円は抗告会社の第三者に対する債務である)に達していることもあつて、前記林大亮としては、できるだけ前記鑑定価格に近い金額で売却しようと努力しているため、未だ売却されないまま現在に至つているが、今後適当な買主を見出して前記不動産を売却し、その売却代金を前記各債務の弁済に充当することが期待できる。
(ロ) 抗告会社では前記のとおり仮決算の行われた昭和四五年二月二〇日現在においてかなり多額の累積欠損を生じてはいるが、ただ、抗告会社所有の工場敷地外の宅地の評価益約七、七〇〇万円を考慮すれば、その正味財産は約四、三〇〇万円を余すこととなる。しかし、抗告会社の前記仮決算時における負債額は、約一億四、〇〇〇万円を超えるものであり、仮りに前記林大亮に対する各債権の回収がなされ、右回収金と、抗告会社の有する受取手形、銀行預金、売掛金などの弁済にあてうる流動資産のすべてを前記負債の返済にあてたとしても、負債残額は五、〇〇〇万円を超えており、また、昭和四四年度および翌四五年度と連続して欠損が生ずるとみられるため抗告会社としては現在さらに金融機関の融資に頼れない状態にある。これらの点を考慮すると、抗告会社が、前記負債を完済するためには、その存立の基礎であるその所有の工場、敷地等を処分するほかないが、現在では、抗告会社の債権者である山口県信用農業協同組合が債権元金一、三七五万円およびその利息金等について、同様株式会社大同洋紙店が金八六六万八、二七七円の債権について、それぞれ前記工場およびその敷地の任意競売手続を申立てており、また、右各不動産について元本極度額五〇〇万円の根抵当権を有する債権者株式会社西日本相互銀行も同様の申立をなし、当裁判所の右手続中止命令により、その続行が中止されている状態であつて、抗告会社が、その債務の弁済の猶予などについて多数債権者の協力を得ない以上は、前記林大亮個人に対する各債権を回収してもそれだけではその事業の維持更生をなしうるものとは認め難い事情にある。
(ハ) 前記林大亮は、本件会社更生手続申立後、その報酬を辞退し、抗告会社の他の役員とともに、同会社の更生、維持のために努力し、その結果、前記申立後、申立外中越印刷製紙株式会社から、抗告会社の営業目的である紙およびダンボールの印刷、加工、販売等の原材料の供給と技術的指導援助を受けられることとなり、現在、その操業規模は従前よりやや縮小してはいるが操業を続け、昭和四五年一〇月以降は毎月利益が生ずる状態にまで至つている。
しかして、以上の事実を綜合して判断すると本件会社更生手続開始申立が誠実になされたものではないとして棄却すべき場合にあたるものと解することはできないし、本件記録を精査しても他に本件申立が右場合にあたるものと認めるべき事情はない。従つて、原審が抗告会社のなした本件更生手続開始申立は誠実にされたものではないと判断して会社更生法第三八条第七号により右申立棄却の決定をしたのは失当であるから、これを取り消し、さらに相当の裁判をさせるため本件を原裁判所に差し戻すものとする。
よつて主文のとおり決定する。
(裁判官 柚木淳 森川憲明 大石貢二)